会長挨拶

会長からのご挨拶

第57回日本生殖医学会学術講演会・総会会長
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科産婦人科分野教授
増崎 英明

 2012年11月8日から2日間、長崎において第57回日本生殖医学会総会および学術講演会を開催いたします。日本不妊学会という懐かしい名称は、今は日本生殖医学会に変わりましたが、名称の変更は単に診療における便宜的なものではなく、そこには次の世代への祈りのような想いが込められているように思います。
 腹腔鏡検査の権威であった産婦人科医のステプトー博士と胚培養に熟練したエドワード博士は、腹腔鏡下に卵巣から卵子を採取し、体外で受精・培養して子宮内へ戻すという方法をヒトにおいて成功させ、1978年には世界最初の体外受精児であるルイーズ・ブラウン嬢が誕生しました。文字にすると何でもないことですし、現在では日本で毎年2万人が体外受精で出生しているわけですが、当時は「試験管ベビー」とよばれ賞賛の一方で危惧や反対意見が噴出し、宗教界からは性交渉なしにヒトを造ったとして囂々たる非難を浴びました。それにも関わらず、彼らのもたらした体外受精は、やがて世界中で広く行われるようになり、その後の30年以上にわたり不妊症に悩む人たちに大いなる福音をもたらしてくれました。
 体外受精に問題がなかったわけではありません。エドワードとステプトーの卵管閉塞を対象とした最初の妊娠成功例が子宮外妊娠(卵管間質部妊娠)であったことは彼らの共著である『試験管ベビー』に書かれている通りですし、現在でも諸外国の報告の中には体外受精児における先天奇形、染色体異常、遺伝子異常の頻度は一般集団より高いとするものがあります。一方で、生殖医療による多胎妊娠の急激な増加が周産期医療を圧迫し、生殖医療の医師と周産期の医師とが対立するような時期がありました。しかし日本産科婦人科学会や日本生殖医学会から数度にわたる移植胚数制限の勧告がなされ、その結果、最近では3胎以上の多胎は激減し、さらに双胎妊娠も確実に減少しつつあります。今後は多胎妊娠のさらなる減少を目指すとともに、生殖医療によって産まれてきた子供たちの長期間の経過観察とデータ収集も必要でしょう。医療は常に進歩すると考えられがちです。しかし忘れてならないのは、医療は同時代への貢献のみならず、次の世代を生きるものにとっての進歩でもあらねばならないということでしょう。
 生殖の使命は生命の継続であり、生殖医療によって産まれた新しい生命は世代を超えて引き継がれます。ですから生殖医療の是非は後の世代の視点からも常に検証され続けなければならない。すなわち生殖医療の現場に未だ存在していない子供たちの視点を常に念頭におく必要があるだろうと思います。ヒトの始まりは一個の受精卵ですが、そこには父と母というふたりの「いのち」が関わっています。ヒトの生命は、生殖を通じて永続することができるのです。ヒトは「いのち」の手綱を父母から受け取り、文化の継承を通じて世界と対話し、やがてその手綱を次の世代へ手渡して終わります。 今回の日本生殖医学会の長崎開催にあたり、副題を「家族の絆を求めて」としたことの気持ちは連綿と続く生命の絆をイメージしてのことであります。
 「いのち」はガラスのように繊細ですが、鋼のように強靭でもあります。そのことは胎児や新生児の「躍動と脆さ」を見ていれば分かることです。日本生殖医学会の担うべき使命は、このような「いのち」の創出と継続に関わる仕事です。健全な生殖を支援し、健やかな後の世代を創出する。会員の皆様は「いのち」の支援者としての自覚と誇りを持って、日々の研鑽に励まれていることと思います。第57回目の本学会は以上のような期待と緊張をもって皆様をお迎えしたいと考えております。
 時は過ぎて2010年のノーベル生理学医学賞はエドワーズ博士に贈られました。一方で日本生殖医学会は本年度より一般社団法人として新たな歩みを始めようとしています。長崎という西端の地にできるだけ多くの会員の皆様がご参集され、学術と友好の数日間を過ごされることを、心よりお願いする次第であります。

平成24年5月10日
長崎大学医学部産婦人科教授 増崎 英明